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新たな知識を追い求めることも大事ですが、過去を見つめ直す時間も大事です。


 みなさん、こんにちは。今年は高校野球がいつも以上に大いに盛り上がり、勉強が手つかずの人も多いかと思いますが、教養区分試験の出願期間も残りわずかなので、受験を考えている方は手続きを忘れないでくださいね。今回は試験勉強とは全く関係ない話だと思いますので、心に余裕のない方、欧州の東側に興味のない方はブログを閉じて試験勉強をしてください。

 昨日8月21日(正確には現地時間で20日夜11時頃)は、ちょうど50年前にワルシャワ条約機構軍による軍事介入により、「プラハの春」と呼ばれる民主化運動が圧殺された「チェコ事件」が起きた日です。この日から1989年11月の「ビロード革命」とよばれる民主化運動までの21年間余、旧チェコスロヴァキアは「正常化」とよばれる冬の時代にありました。

 今年はチェコ事件50周年ということで、現地メディアでは例年以上にこの事件(ちなみに、私の留学時代もそうですが、現地において「チェコ事件」という曖昧な表現を見たことは全くありません。okupace(占領)またはinvaze(侵略)という表現が一般的です)の特集が組まれていますが、現在この国も世界規模で拡大する「自国第一主義」の潮流とは無縁ではないためか、自由や人間性の回復といった、人間社会に普遍的な価値観を追及してきたこの運動への受け止め方がかつてとは異なっているように見受けられます。

 1989年の東欧民主化およびその後のユーゴスラビア内戦を除けば、この50年間において、我が国でチェコさらには他の東欧諸国が話題になったことは皆無といっていいでしょうし、多くの日本人にとって、チェコはスメタナ、ドヴォルザーク、ミュシャ、カフカに代表される芸術・文化の国というイメージだと思います。多少チェコに関心を寄せている人ですと、旧チェコスロヴァキア共和国初代大統領T.G.マサリクや、民主化運動の最大の立役者でビロード革命後の新生チェコスロヴァキア大統領を務めた劇作家バーツラフ・ハヴェルを引き合いに、小国ではあるものの、哲学者・文化人が国のトップを務め欧州精神を体現する国というイメージなのかもしれません。

 もし、そうした羨望の眼差しで、現在のチェコ(およびスロヴァキア)をみると、失望するかもしれません。バビシュ首相は大富豪でかつ政治姿勢はポピュリズムそのものであることから、「チェコのトランプ」とメディアに揶揄されるくらいですし、かつて野党第1党である社会民主党党首として存在感が大きかったゼマン大統領も、現在では、共産主義時代を懐かしむ高齢層の支持を背景に親ロシア寄り姿勢を鮮明にしています。日本人から見ると、首相と大統領の向いている方向がちぐはぐに思えますが、両者には、EUに対する批判、とりわけ欧州共通移民政策に対する反対姿勢という共通点があります。

 50年前は自由や人間性の回復といった、人間社会に普遍的な価値観を世界中に訴え、そこから20年の沈黙の後、流血を伴うことなく民主化さらには連邦国家解体を成し遂げた国において、なぜこのような不寛容さが支配的風潮になるのか…。計画経済から市場経済への急激な移行にともなう国民の間の経済格差拡大の影響が大きいのは理解しているつもりですが、内向き姿勢を鮮明にする姿勢に、長年、この国を観察してきた私は何とも言えない気分にさせられます。

 もちろん、外国人排斥の動きが昔は全くなかったのかといえば、それも違っており、私自身、留学中何度か嫌な目に遭ったことがあるのも事実です。日本に荷物を送ろうと郵便局に行ったら、日本と書いてあるにもかかわらず「ベトナムか?」と言われたり、居酒屋で一人で呑んでたら酔っ払いに「ハラキリ、ハラキリ」と絡まれたり、なんてことは普通にありました。反対に、留学開始直後、長期滞在の届け出をするために警察で中国や北朝鮮の人たちとともに行列に並んでいたら、たまたまやってきた地元の警察官が私の縦長の赤いパスポート(当時の日本のパスポート)に気づいた途端、まるで浦安ねずみ園のファストパスさながらに、あっという間に届出が完了なんてこともありました。

 それでも、全体主義体制の優等生と長年揶揄された国が一転して血を流すことなくわずか1週間で共産党独裁政権を崩壊させ、哲学者や劇作家が国家元首になることを許容する社会の在り様が、学生時代から現在に至るまで私のチェコに対する興味を持続させてきたと言っても過言ではありません。確かに、民主化は連邦国家解体という痛みを齎しましたが(「私は、通貨の分離を経験した数少ない日本人の1人だ!」と、貨幣市場の講義でよくネタにしてます)、僅か500km南の旧ユーゴスラヴィアでは昨日までの隣人同士が殺し合いをしていたのと異なり、きれいに別れることができた(当時はビロード離婚とも言われていました)ことも、私のこの地域への関心を高めはしても、薄れさせることはありませんでした。

 1989年の東欧革命直後に大統領に就任した劇作家バーツラフ・ハヴェルは、翌90年に、国民に向けた新年のスピーチにおいて、『自信という言葉の意味を最も良く自覚している人間あるいは民族だけが、他者の声に耳を傾けることができ、その人たちを自分と同等の者として受け入れ、自分たちの敵を許し、自分の罪を悔いることができるのです。このように理解された自信を、人間として我々の生活上の絆に取り入れるとともに、民族として国際舞台における我々が目指すべき態度の中に取り入れるように努めましょう。そうすることによってのみ、自分自身、隣人、そして他民族に対する敬意を我々は再び得ることができるでしょう』と、健全な自信と寛容の大切さを訴えていました。

我々が寛容であるためには常に心を開き、他者とのコミュニケーションを図る必要があります。しかし、急激な自由化は人々に恩恵ばかりではなく、疲弊や苦痛ももたらします。それらに耐え切れなくなった人々は、やがて門戸を閉ざすようになる…。欧州全土に蔓延する移民・難民に対する差別はその産物であると言えます。そうした国民感情に政府が乗っかることで、新たな差別が助長される…。

「1989年にやっとの思いでベルリンの壁を崩壊させ一つになった欧州が、今度は一人一人の内面に新たな壁を築き上げ、結局のところ欧州の東と西が真に理解し合うことはない…というのは考え過ぎなのでしょうか?」と昨年、同時期のブログに書きましたが、この1年はそうした認識を一層確信させる出来事ばかりが続いたように思われます。

自分の思い入れが最も強い分野なのでかなり長くなってしまいました。気がつけば、8月21日は終わってしまいました…。最後まで読んでくださった方、お付き合いくださりありがとうございました。それでは、今日はこの辺で。


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