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思考を変える勇気、変えぬ愚かさ


 みなさん、こんにちは。3年生は今週から授業が本格的にスタートし、一方、4年生は出願も済ませ、改めて試験が間近に迫っていることに気づいたのではないでしょうか。今日は、思い込みがどれだけ自分の思考を貧困にするのか、また思い込みを持つ人に対して物事を伝えることのむずかしさについて、経済ネタでお話します。

 先日、総務省統計局より、2月分の『労働力調査』の結果が公表され、完全失業率が2.8%と、22年ぶりの低水準になったことが明らかになり、労働市場の逼迫ぶりが改めて浮き彫りになりました。しかし、統計データが示す結果を直視しない、あるいは懐疑的にしか捉えられない人が相当数いるのも事実です(こういう人に限って情報発信力が非常に強かったりするので、統計局に教え子がいる身としては強い憤りを感じます)。

 こういう人たちは、たいてい、賃金上昇率の低さを根拠に「失業率が低いといっても、求人の多くは非正規だから、景気が回復しているわけではない!」あるいは、完全失業率には非労働力人口は含まれないことから、「求職活動そのものを諦めたから失業者数が低くなっており、完全失業率低下は見せかけにしか過ぎない」と批判しますが、そういう人は大概、公表されたデータをまともに見ていません。

 まず、雇用形態についていえば、正規雇用者数は前年同月比50万人強の増加で、27カ月連続増を記録しています。一方で、非正規雇用は、前年同月比10万人の減少で、15か月ぶりの減少となっています。また、非労働力人口も前年同月比25万人の減少で、21か月連続の減少となっています(一方、労働力人口は26万人の増加)。少なくとも、労働市場の逼迫ぶりは明らかであると思います(別に、私は自民党支持者でも安倍政権支持者でもありません。ただ、声の大きな人や自分に近い立場の人の言うことを無批判に受け入れるのではなく、データをもっと丁寧に見るべきだと言いたいだけです)。

 しかし、一度自分の世界観を構築してしまった人には、いくらデータを示してもなかなか受け入れてもらえません。それどころか、「労働市場がそこまで逼迫しているというのならば、なんで給料上がらないんだ?」と私に食って掛かる人さえいます(それだけの勢いは、私ではなく、総務省統計局あるいは厚生労働省へ向けるべきだと思うのですが…)。これは、社会の高齢化が大きく影響しています。

 『労働力調査』の結果をよく見ると、就業状態別人口について、15~64歳の労働力人口は前年同月比4万人減少している一方,65歳以上の労働力人口は30万人もの増加を記録しています。こうした動向には、高年齢者雇用安定法が影響しています。この法律では、65歳未満の定年を定めている事業主に対して、65歳までの雇用を確保するため、①定年の引上げ②継続雇用制度の導入③定年の定めの廃止、のいずれかの措置の導入が義務付けられています。

 平成 28 年「高年齢者の雇用状況」(厚生労働省)の集計結果を見ると、「継続雇用制度の導入」により雇用確保措置を講じている企業が全体の80%強を占めています。すなわち、定年到達者で継続雇用を希望する人は、企業と再度雇用契約を結ぶケースが多数を占めています(余談ですが、私の父がこの制度を活用することで70歳までJFEに勤務していました)。当然ですが、再契約時の条件は現役時の賃金に比べればかなり低い水準です。ここまでくれば、総合職を目指す学生さんならわかったと思いますが、逼迫した労働市場は高齢者の再雇用(当然、賃金水準は現役時代よりも低く抑えられます)で維持されており、それゆえ、全体としてみると、正規雇用が増加していても、賃金上昇には直結しない…とみるのが妥当なところかと思います。

 しかし、悲観的ストーリーを好む人(なぜなのかはわかりませんが…)はそうした解釈は受け入れようともしません。ただ高水準の賃上げを要求しますので(私も、現在の20代の人たちの賃金カーブが50歳くらいの人たちに比べて相当程度フラット化している点は理解しています)、議論が全くかみ合いません。賃金引き上げは、また別の話になりますので、ここでは採りあげませんが、せっかく国が公表しているデータを、頭ごなしに疑うのではなく、注意深く観察する習慣を身に付けることが、キャリア官僚を目指す学生にとって一番の近道といっても過言ではないでしょう。

 こんな話をしたのは、実は昨年秋の教養区分2次試験の政策課題討議(テーマはまさにこのブログで取り上げた高年齢者雇用についてです)で、うちの学生がみな定年制存続の立場で、しかもどのグループにおいても定年制廃止論者が圧倒的で(実は経済学的には、こちらに関してはいくつもの問題点が指摘されています)、討議において、こちらの主張を受け入れることはおろか、まともに聞いてもらうことも叶わず、相当苦労した話を聞かされたからです。幸い、当該学生は教養区分に最終合格しましたが、話を聞かされた時は、「なんで、もっといろいろ手を尽くして理解してもらおうと努めなかったんだ?」と説教してしまい、そのときは「春試験に気持ちを切り替えようぜ!」と思わず口走ってしまいました…。

 客観的に考えて正論だと思われることも、周りには受け入れられないということは政策課題討議でもそうですが、職場ではもっと見受けられます。逆に皆さんが、周囲の雰囲気にのまれ、冷静さを欠く立場になるかもしれません。そうなった場合に「客観的に見ろ!」と言っても無理な話だと思いますが、せめて相手の話だけは聞いてやろうという姿勢だけは持ってほしいと思います。やがて、相手の方が筋が通っていることに気づいたとき、素直に考えを改めるか、それとも周りに合わせ異議を唱え続けるか…あなたたちの人間力が試されるのは正にこの対応にあると言えましょう。考えを変えるって恥ずかしいかもしれませんが、実はそれほど格好悪い行為ではありません。むしろ間違いを認めるべき時はちゃんと認めることって、とても格好良い行為だと思いますが…。

 それではまた。


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